▼8月7日のオープンキャンパスの学長の話で、「原爆の日」について取り上げました。そして、ブログ37では、「8月6日の8時15分、その一瞬に『明日』を失った若者たちが、65年前の広島には大勢いたことを話した時、いっしょにうなずく親子がいて、話している自分の気持ちが伝わったと感じた」と書きました。今でも、その感触が私の中にはあります。
▼8月20日には、心理学博士の榎本博明先生をお招きして第2回教育研究会を開催しました。榎本先生に出会い、いろいろお話させていただく中で、「記憶は、過去を反映するとともに現在も映している。そして、記憶は思い出すたびに再構成されていく」という趣旨のことを教わりました。難しいことのようですが、例えば『思い当たる』ということ自体が、記憶の再構成であると、私は思うのです。
オープンキャンパスに参加した高校生から作文が送られてきました。そして、私の中では、確証はありませんが、私の「原爆の日」の話の部分で深くうなずいた高校生が思い当たり、記憶が再構成されていきます。高校生の作文を紹介致します。
▼『学長の印象的な言葉』
①8月7日のオープンキャンパスに参加した時、学長が挨拶の冒頭で原子爆弾について話されました。65年前の8月6日の朝8時15分に広島に原子爆弾が落とされました。「最近暑い日が続くけれど、その日の広島は別の意味の熱さだった。」と学長は言われました。この言葉がとても心に残りました。なぜなら、被害に遭われた人達が味わった熱さ、苦しさがこの言葉で良く伝わってきたからです。私は広島、長崎の出来事について更に学びたいと思いました。
②そこで私は家に帰ってインターネットで原子爆弾について調べると、キノコ雲の写真と人間の影が高温のため家の壁に残っている写真が出てきました。その写真を見ただけで、とても怖いと思いました。更に被害の状況についての文を読むと、爆心地は鉄やガラスも溶ける熱で黒焦げの遺骸が道路に大量にあったということが分かりました。
③学長の「別の意味の熱さ」という言葉を聞いて、その時の悲惨さを分かっていたつもりでしたが、写真を見たり、記事を読んだりして、一層その悲惨さが伝わりました。もし、この話を聞いて自分で調べていなかったら、65年前の悲劇について良く考えていなかったと思います。
④8月7日の北日本新聞に原爆死没者慰霊式の記事がでていました。今年は、過去最多の74カ国が参加したそうです。この悲劇から学んだことを、世界中の人々に伝えていくことが大事だと分かりました。私は子どもと接する仕事に就きたいので、子ども達に平和の大切さを伝えたいです。
▼私は、この作文に次のようにコメントを付けました。
私も、そのようにお話したことを覚えています。ただ、覚えているだけでなく、そのようにお話してから、心に引っ掛かっているのです。ブログ38「無題」をぜひ、読んで下さい。あなたが、うなずいてくれたから心に引っ掛かって、あのように書いたのだと、今、思っています。
私は、皆さんに「べつのあつさ」と言いながら、どれだけその意味を深く感じていただろうか。だから、あなたが原爆について調べたように、私も原爆の詩集を読みました。そのことをブログ38は書いています。あなたが送ってくれたこの作文と同じだと思いました。
こうして、何かに『思い当たる』時、私には、その何かに関わる過去の風景が違って見えてきます。

















