▼インターホンが鳴ってカメラがドアの外の闇を映し出した。いったいこんな真夜中に誰なんだ・・・僕は息をひそめてカメラの映像の様子を伺った。そこにはカメラに微笑みかけているガネーシャが逆さまになって浮いていた。
「夜分、失礼かと思いますが~ガネちゃまです!」
と言ったかと思ったらカメラの映像はガネーシャの鼻息で曇ってしまった。曇らせたかと思ったら舐めている。
「なんでわざわざこんなシチュエーションの登場なんですか?いつも、気がつけば部屋のなかにいるじゃないですか!」
「親しき仲にも礼儀ありって言うやないか」
▼「自分、京都に行って梶田くんに何をお願いしてきたん?」
「梶田先生に『くんづけ』はなしですよ」
「なんでや?ユングくんやフロイトくんと同じでええやん。何をお願いしてきたん?」
「ブログが110を越えたら『未来をひらく自己物語Ⅱ』を出版するつもりなので、その際には特別寄稿をお願いしますと」
「ぱふぉ、それはええ考えやないの。自分の力のなさを他者の力でカバーする術がやっと身に付いたわけや」
「いや、ちょっと意味が違うように思うんですけど」
「まあええがな。いずれにしても、自分の力のなさは大きすぎていくら梶田くんでも埋めきれんと思うわ。ワシも特別寄稿してやってもええんやで」
▼僕は、ちょっとガネーシャを試してみたくなった。
「それでは『地動説的自己意識』へのコペルニクス的転回が不可欠だと梶田先生は言われていますが、僕にも分かるように教えてください」
「うえっ、転回しちゃう話になるけどええ?」
「はい。お願いします」
「めっちゃ、転回するで。それでもええ?」
「はい、ぜひ」
「コペルニクス的やで」
「何がですか?」
「目の回り方がや」
「???・・・・・・」
「いや、無理やわ。言うても自分、コペルニクス的転回の目の回り方分かってへんもん。めっちゃ回るで。想像を絶する回り方やで。富士急ハイランドのフジヤマドドンパなみなんやで」
▼もう、聞かなくてもいい気分に僕は着地した。 ガネーシャはその気分を察して真顔になった。
「北海道から大学受験を予定していた高校生がおったやろ。大雪のため飛行機が飛ばず試験開始に間に合わないと知ってからも、彼女は諦めずにすぐに行動した。大学に連絡し、JRを乗り継ぎ、前泊を考え、あらゆる可能性を吟味し、結局受験することができたんや。この自分の力で何とかしようというだけではどうにもならない事態に立って、何かたくさんの不思議な力に支えられて北海道からここまでの大移動を果たすことが出来たという実感を『地動説的自己意識』って梶田くんは言ってるわけや。つまり、自分中心に世界が回っているように感じていた自己中の自分が、ある時、世界の中で運よく生かされ運ばれている存在としての自分に出会い、感謝の思いが溢れるってことや。その出会いが、コペルニクス的転回っちゅうやつや。だから、彼女は自分に力を貸してくれた世界に感謝し、お礼が言いたくて、あの葉書きを書いたってことなんやで」
なぜか僕は正座してうなずいてしまっていた。
梶田叡一/溝上慎一[編] 『自己の心理学を学ぶ人のために』 世界思想社 2012
水野敬也 『夢をかなえるゾウ』 飛鳥新社 2007





















