(ブログ86を先にお読みください。)
▼ブログ86で、同級会の帰りに駅まで私を車で送ってくれた教え子のことを紹介しました。彼女は中学2年生のときに「闘ってやる!」という言葉を私に投げたと書きました。「闘う」と言っても何か特別な行動をしたわけではありません。ただ、彼女は毎日担任に提出することになっている「生活記録」を、その頃から全く出さなくなりました。生徒が書いた「生活記録」に担任がコメントを付け、意見交換することになります。彼女と私のあいだで、そのコミュニケーション手段がプッツリ断たれてしまったのです。
私に同級会の案内が来たのは、『未来をひらく自己物語』という本を出版した直後だったので、30歳になる教え子たちにプレゼントしたいという思いを密かに持っていました。しかし、本の副題である「書くことによるナラティヴ・アプローチ」は「つくりかえ作文」を奨励しています。この密かな思いにブレーキをかけているのは、「つくりかえ作文」である生活記録を書かずに苦しんでいた彼女の記憶でした。それでも、彼女が駅まで私を送ってくれるという「奇跡」のなかで、私はみんなに本を送ろうと決めました。
▼今、手元に彼女からの手紙があります。その手紙をほんの一部ですが紹介します。
「中学校卒業以来、十数年ぶりにお会いしながら、これといったお話をできずにいたので、お手紙を書こうと思っていた矢先に著書をいただき、早速拝見いたしました。
(略)
絵の具の匂いと、たくさんの作品に囲まれた美術準備室を思い出しました。あの頃の私は、先生のブログ7で引用されている榎本博明氏の「納得のいかない自分」そのもので、当時を思い出して泣いてしまいました。本当に嫌になるくらい後ろ向きで、そんな自分が大嫌いで、本当に生きているのが苦痛でした。生きている感覚が薄かったのか、自分の歳を間違えたり、忘れたりしました。
(略)
別に書いた「つくりかえ作文」を感想の代わりに送ります。嫌がらせのように返信用封筒を同封いたしますので、「『青ペン』と共にある達成感(ブログ32)」の一助となれば幸いです。
娘の満十ケ月の日に 」
▼以下は彼女が送ってくれた「つくりかえ作文」です。
①私は、「~だったなら、~できていれば」の話が大嫌いです。笑い話ならよいですが、本気でこのような話をする人のほとんどが、過去を本気で変えられたら、「今」の自分はこうじゃないと不満をかかえているからです。変えられない過去に不満があったとして、それをただ言葉にして苛立ったり、怒ったり、泣いたり、悔やんだり、負の感情を持ったところで、過ぎ去ってしまった「今」という過去は、現在という「今」にはなりません。
②そんな話をする私も、過去を変えられたらと本気で悔やんだことがありました。その後悔から何もかもが嫌いになって、何もしない時期がありました。その時にふと思ったのです。こうやって過去を思ったところで、今の自分に何があるのだろう。人はその時に自分に1番良いであろう道を必ず選択している。何をするにも必ず自分で選んで毎日を生きている。ささいなことも、人生にかかわることも、朝、起きる事ですら自分で選んで、決めて生きている。そう気付いてから、自分が望まない結果になったとしても、それすらも私が「選んで決めた道」であると、思えるようになりました。
③誰もが、良い結果のために生きているはずです。毎日毎日一生懸命考えて生きているはずです。その結果が必ずしも自分の望む結果でなくても、生きているかぎり、何度でも選び直すことができるのですから、くじけず、傷だらけになっても、何もできない過去の選択を思うぐらいなら、過去の意味を変えられるかもしれない「今」の選択をし続けることの方が、ずっとずっと大切だと思います。
④何気ない選択にも意味を見つけられるようになってから、私の生き方が変わり、関わる人も変わりました。それも私自身が選んだ道なのだと思っています。今も過去の選択で失敗することもありますが、失敗さえつくり変える道を選び続けて行きたいと思います。
▼私はこのブログを書きながら、自分自身の15年前と今の心を整理しています。その上で、彼女の「つくりかえ作文」に青ペンで応えたいと思っています。だから、もうしばらくコメントを待ってほしいという趣旨の手紙を書き、彼女が同封してくれた返信用封筒に入れました。
ブログ7「本当の『自分づくり』」/ブログ32「『青ペン』と共にある達成感(ブログ32)」『未来をひらく自己物語』せせらぎ出版 2011