▼山ほど積まれたテキストの記憶には辛いものがあります。しかし、ある時、テキスト(『テクスト』)の語源を知り、『テクスト』という言葉は気になる言葉の一つになりました。『テクスト』は英単語のtextが日本語に取り込まれた言葉ですが、文章・文脈を意味する言葉で、転じて「教科書」を指す言葉として使われるようになりました。しかし、本来は「言葉によって編まれたもの(織りもの)」という意味を持ち、ラテン語の「織る」が語源です。
▼したがって、こうして回を重ねてきたブログは、私の「言葉の織りもの」であり、まさしく、私がつくり出した『テクスト』です。井筒俊彦氏は、著書『意味の深み』の中で、次のように書いています。
「この織りものの小さな織り目の一つである私は、私なりに刻々に織り変えられていくこの『テクスト』に、ささやかながら何かを織り足していくのである。」
また、次の詩を読むと、「生きること」は『テクスト(織りもの)』なんだと、しみじみ思います。私たちはみな、何かを刻々と織り足しながら『テクスト』(「自己物語」)を生きていく存在ということなのです。
▼「四つ葉の幸せ」 藤川幸之助 (『まなざしかいご』,中央法規,2010.8.10)
四つ葉のクローバーは
見つけると幸せが訪れると言う。
小さい頃から
いくつもいくつも
四つ葉のクローバーを見つけては
母がしおりを作ってくれたが
幸せはそうやすやすとは訪れなかった。
幸せとは訪れるものではなく
心の中に見つけるものだ。
そう気付いて
四つ葉のクローバーを見つけるように
心の中に幸せを見つけ続けた。
認知症の母との一日一日の中でも。
クローバーについては続きの話がある。
五つ葉は金銭上の幸せ。
六つ葉は地位や名声を手に入れる幸せ。
七つ葉は九死に一生を得るといったような
最大の幸せを意味すると。
五つも六つも七つもいらないなあと思う。
四つ葉で十分だと思う。
母のしおりには言葉が添えられている
「四つ葉を手にするより
四つ葉を見つけることを楽しみなさい」と。
「四つ葉」を「幸せ」と置き換えて
母の言葉を読んでみる。
▼私の『テクスト』にも、私の母が「しおり」のように、何度も何度もはさみ込まれています。
そのことについては、次の機会に心を込めて、この『テクスト』に織り足したいと思います。



















